高浜岸壁から中突堤

神戸港 セピア

子供の頃の中突堤で「シェー」をしている写真は白黒のままだったような気もするが、
誰かからもらった古い蒸気機関車の写真は、焼けたのかと思うほどセピアだった。

そんなことを考えながら、ありがちな構図に色をつけてみたが、
どのくらいが適当なのか、わからない。
そもそも、セピアというピンポイントな色は存在しないのだろう。

JR神戸駅

撮り歩きの帰り

新年の撮り歩きは、二宮から、三宮、元町、新開地へと沢山歩いた。
普段あまり歩かないから疲れてしまって、三宮まで歩いて戻る元気がなく、神戸駅から電車に乗る。
以前、神戸駅の辺りはほとんど来ない場所だったが、最近はわりとよく来るようになったので、お馴染みの駅舎だが、相当昔からある立派な建物は、「神戸」の意地を見せているようにも感じられる。

居留地 秋景

居留地 秋景

旧居留地の晩秋もしくは初冬

ルミナリエが始まったので街はひときわ賑やかになっている。
その賑わいから微妙にそれながら、また近づいたり。

きょうは服を買いに来た。
それだけでなく、ルミナリエの街をあるく。
誰が祝ってくれるわけでもないのに、なんだか幸せな気分だった。
この街を見ていると幸せになれる。

元町

写真を見る人の視点

写真を見て「いいね」とか思う人の見方っていうのは人それぞれ。

僕の知り合いにはデザイン系の人が多いけれど、彼らの見方は「色」であったり「形状」であったりする。かっこよくて素敵なものを「いいね」と思うみたいだ。

それから、モノが好きな人は、そこに何が写っているか。自分の好きなモノが写っていると「いいね」と思うみたいだ。一般的に、食べ物が写っていると喜ぶ人は多い。花が好きな人は花。車や乗り物が好きな人はそういうものなど。

人間が好きな人は人間が写っている写真に反応する。たいていの人は、人間が好きとは言えないまでも、やはり人が写っているとなんらかの反応をするみたいだ。それが友達や好きな有名人だったりするとハイになる。動物やペットが好きな人も同様。

 

そうやって一つ一つ、みんな何が好きで写真を見ているのかな?と考えていくと、自分の写真の見方はちょっと普通の人の見方ではないのかな?と思ったりすることがある。

僕はドラマチックな写真が好きだ。ストーリーとか、情感とか。「シーン」と言っていいもの、日常の中のわずかな一瞬の、その空間が醸し出す空気のようなものが好きだ。だから必ずしもそれぞれのアイテムでもないし、色や形でもないし、人間でもない。
というか、それらが合わさって空間になっているわけだから、それらが相まって醸し出す空気のようなものが好きなのだろうと思っている。
その空気を感じたときにシャッターを切ったもの、それが僕なりの満足のいく写真になっている。

あと一つ、写真やってる人の中には、その写真を撮っている人に思いを馳せる人もいるようだ。この人はどんな気持ちでこれを撮ったのだろうか?この人はどういう感性の持ち主なんだろう?どんな生活をしているんだろう?・・・とか。



同じ写真なのに、見る人によって全然違う受け止め方があるものだと思う。